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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)145号 判決

ドイツ連邦共和国ベルリン及ミユンヘン

原告

シーメンス、アクチエン ゲゼルシヤフト

代表者

アルベルト、ワルドルフ

カールハインツ、フイツ ケンシヤー

訴訟代理人弁理士

富村潔

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

遠藤政明

今野朗

土屋良弘

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成3年審判第16457号事件について、平成4年2月27日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2項と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1982年9月9日にドイツ連邦共和国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和58年6月21日、名称を「集積回路素子の冷却装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をし、昭和63年11月4日に出願公告された(特公昭63-55867号)が、特許異議の申立てに基づき、平成3年3月1日に拒絶査定を受けたので、同年8月23日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第16457号事件として審理したうえ、平成4年2月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年3月18日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

剛体のプリント配線基板上に配置されこれにリード線を介して接続された多数の集積回路素子を、これらすべての集積回路素子の背面を共通の冷却板に接触させて冷却する装置において、前記リード線(7)は何等の力も受けないように形成され、共通の冷却板(3)への個々の集積回路素子(1)の押付けは、前記剛体のプリント配線基板(2)と前記集積回路素子(1)との間にそれぞれ挿入された弾性充填片(5)を介して行われることを特徴とする集積回路素子の冷却装置。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願の優先権主張日前国内において頒布された特開昭54-126474号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)と同一であるから、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨及び引用例の記載事項の各認定、引用例発明における「多層基板」、「リード」、「集積回路」、「放熱板」及び「多層基板と集積回路との間に介在して緩衝する樹脂」が、それぞれ本願発明における「剛体のプリント配線基板」、「リード線」、「集積回路素子」、「冷却板」及び「剛体のプリント配線基板と集積回路素子との間に挿入された弾性充填片」に相当するとの認定は認めるが、その余の一致点の認定は争う。

審決は、本願発明と引用例発明とは、剛体のプリント配線基板とその上に配置された多数の集積回路素子との間を接続するリード線のプリント配線基板への接続構造が異なるのに、これを一致していると誤って認定し(取消事由1)、また、本願発明と引用例発明との作用効果の差異を看過し(取消事由2)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(一致点の誤認)

審決は、本願発明と引用例発明との一致点の認定において、「両発明は、剛体のプリント配線基板上に配置されこれにリード線を介して接続された多数の集積回路素子を、これらすべての集積回路素子の背面を共通の冷却板に接触させて冷却する装置において、共通の冷却板への個々の集積回路素子の押付けは、前記剛体のプリント配線基板と前記集積回路素子との間にそれぞれ挿入された弾性充填片を介して行われる点で一致する。」(審決書5頁7~14行)と認定したが、この認定のうち、両発明が剛体のプリント配線基板とその上に配置された多数の集積回路素子とがリード線を介して接続されている点で一致していると認定したのは、以下に述べるとおり、誤りである。

(1)  本願発明では、プリント配線基板のボンディングパッドについては、明細書及び図面に記載されていないが、それはプリント配線基板の接続に通常用いる金属薄膜状の小面積の電極を使用しているため説明が省略されたものである。したがって、本願発明では、剛体のプリント配線基板は、ボンディングパッドに相当する小面積の金属薄膜状のものとリード線を介して多数の集積回路素子に接続されている。

(2)  これに対し、引用例発明では、多層基板は、その上に配置されたボンディングパッドとリード線を介して集積回路に接続されているが、このボンディングパッドの具体的構造は、所望の回路網を多層に形成した基板の表面の集積回路の設置位置端部にガラス等の絶縁物で双壁を形成し、この双壁の間に金等を注入して形成されており、かつ、集積回路のリードと接触するに足る高さを有し、しかもこのボンディングパッドと他のボンディングパッドとの間において集積回路が設置される位置に緩衝用の樹脂が注入されるように構成されており(甲第5号証2頁右上欄7~18行)、それ以外の形状、構造は、引用例には全く記載も示唆もない。

(3)  そこで、本願発明と引用例発明とを対比すると、本願発明では、リード線をプリント配線基板に接続するのに用いられるボンディングパッドに相当する小面積の金属薄膜状のものは、プリント配線基板の表面から突出しておらず、また、集積回路素子に接続されるリード線と接触するための高さを必要としないのに対し、引用例発明におけるボンディングパッドは、多層基板の表面から突出するように形成され、との突出形成された二つのボンディングパッド間に緩衝用樹脂が充填された構成を有するものであるから、両発明は、ボンディングパッドの形状、構造は全く異なるものである。

したがって、両発明は、剛体のプリント配線基板とその上に配置された集積回路素子との間を接続するリード線のプリント配線基板への接続構造の点で一致しない。

これを一致するものとした審決の認定は誤りである。

2  取消事由2(作用効果の差異の看過)

審決は、上記のように本願発明と引用例発明との一致点の認定を誤り、かつ、本願発明の要旨における「リード線(7)は何等の力も受けないように形成され」とは、「リード線(7)は損傷を生じることがないよう、できるだけ力を受けないように形成されることを意味するものと解される。」(審決書3頁6~8行)と誤って理解した結果、以下に述べるように、本願発明と引用例発明との作用効果の差異を看過したものである。

(1)  本願発明は、集積回路素子とプリント配線基板とを接続するリード線は、プリント配線基板表面に形成された小面積の金属薄膜状のボンディングパッドに相当するものに接続されているため、集積回路素子がプリント配線基板と冷却板との間に組み込まれた状態では、集積回路素子には押圧方向の力が加わるだけであり、リード線にも押圧方向の力が作用するだけである。したがって、集積回路素子がプリント配線基板と冷却板との間に組み込まれた後において引張り力はどこにも生ぜず、リード線が引張り力を受けることが全くない。

また、本願発明では、集積回路素子を弾性充填片の上に置いた状態でプリント配線基板にリード線の一端を接続するものであるから、この製造工程においてリード線に引張り力が作用するようなことはないし、仮に、プリント配線基板にリード線で接続された多数の集積回路素子を冷却板に押圧する場合に、冷却板に不均一に分布する押圧力が加わっても、各弾性充填片がその力を緩衝するから、リード線に過大な押圧力が加わり、リード線を損傷させるような危険性もない。

(2)  一方、引用例には、リードに関して、集積回路素子の変位によって切断されないよう十分な余裕をもって実装されている旨の記載があり、その意味で、引用例発明のリードにおいても、リードに損傷が生じることがないよう、できるだけ力を受けないように形成されるものであることは、審決が認定するとおりである。

しかし、引用例発明のリードは、前項(2)で述べたような構造のボンディングパッドに接続される結果、集積回路が下方に、又はボンディングパッドが上方に変位すると、リードには常に引張り力が加わることになり、もし何らかの原因で集積回路下面とボンディングパッド上面が離れる方向に動くと、リードは上下方向に引っ張られ、さらに集積回路又はボンディングパッドの動きが大きいと、切断の危険性が大きくなる。

そして、引用例発明においては、多層基板と集積回路との間に介在する緩衝用樹脂が、集積回路をその冷却板に適切な力で押しつけるとともに、集積回路に許容値以上の過大な力が作用した時、その力を逃がすための作用を行うのであるが、この後者の作用によって、その過大な力は下向きに逃がされるから、リードには引張り力となって作用することになる。したがって、引用例発明におけるリードは、できるだけ力を受けないように形成されているが、切断の危険性のあるような引張り力を絶対に受けないようには形成されていない。

(3)  以上のように、本願発明の「リード線(7)は何等の力も受けないように形成され」とは、審決がいうところの「リード線(7)は損傷を生じることがないよう、できるだけ力を受けないように形成され」ることを意味するものではなく、リード線は切断の危険性のあるような引張り力を何ら受けないように形成されることを意味するものである。

したがって、本願発明は、引用例発明におけるリードが引張り力を受け、切断の危険性があるのとは異なり、リード線の切断の危険性のある引張り力を何ら受けることがないという作用効果を奏するものである。

この作用効果の差異を看過した審決は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  本願発明においては、集積回路素子をプリント配線基板にリード線を介して接続する場合に、リード線は何らの力も受けないように形成されていなければならないが、リード線が接続されるプリント配線基板の接続端子の形状、構造については、本願発明の要旨に特段の限定はなく、接続するために具体的にどのような形状、構造で実施するかは何ら限定されていない。

したがって、リード線が何らの力も受けないように形成されている限り、接続する部材であるボンディングパッドの形状、構造がどのようなものであっても差し支えはない。

(2)  引用例発明においては、ボンディングパッドの形状、構造はもちろん、緩衝用樹脂の設け方も特定されておらず、実施例のように緩衝用樹脂として液状のものを使用しなければならないものではないから、取り付ける際にも固体のものを用いることも可能であって、このような場合には、ボンディングパッドが実施例のようにプリント配線基板の表面から突出して形成されていなくてもよいことは明らかである。

要するに、引用例発明においては、その特許請求の範囲の記載から明らかなように、ボンディングパッドをどのような形状、構造とするかは、単なる設計上の問題にすぎず、ボンディングパッドがプリント配線基板の表面からどの程度突出するようにするかは、引用例発明を実施する場合に適宜決定できる単なる設計上の問題にすぎない。

(3)  したがって、本願発明と引用例発明とは、リード線のプリント配線基板への接続構造が相違するから両発明は同一ではないとする原告の主張は誤りであって、本願発明と引用例発明との一致点についての審決の認定に誤りはない。

2  取消事由2について

(1)  原告は、本願発明の要旨に示されている「リード線(7)は何等の力も受けないように形成され」とは、リード線が切断の危険性のあるような引張り力を何ら受けないように形成されることを意味する旨主張する。

しかし、この主張は、本願明細書(甲第4号証)の記載と矛盾するものである。すなわち、本願発明は、「ICチツプは基板から間隔をあけて配置され、押圧力を受ける可撓性リード線を介して基板に接続されている。この公知の装置は、組立の際に瞬間的に冷却板に非均一に分布した押圧力がかかることがあり、これはリード線に取り返しのつかない損傷を生じるおそれがある。」(同号証2欄22行~3欄3行)ので、このようなリード線の損傷が生じないように改良する(同3欄6~7行)ことを目的としており、リード線は単に電気的接続のみを行い、集積回路素子の押圧には何ら関与しないようにしてリード線にはできるだけ力が加わらないように形成するというものであって、本願発明における「リード線(7)は何等の力も受けないように形成され」とは、原告が主張する意味に限定されるものではない。

また、「何等の力も受けない」の「何等」という用語自体の意味からみても、どのような力も受けないと解されるのであって、特定の方向の力のみ受けないことを意味するものとは解せないから、原告主張のようにリード線が引張り力のみを受けないことを意味するものではない。

(2)  本願発明においては、明細書の記載からみて、製造の際にもリード線に損傷が生じないようにするものと認められるところ、弾性充填片は何ら押圧されていない状態でプリント配線基板と集積回路素子との間に挿入されるものである(甲第4号証、第2図)から、この場合、リード線に十分な余裕がないと、リード線に引張り力が作用して損傷を生じるおそれがある。また、リード線がすべて接続された状態で冷却板に不均一に分布する押圧力が加わった場合には、弾性充填片がその力を緩衝するにしても、より大きな押圧力が加わった側のリード線は押圧され、その反対側のリード線には必然的に引張り力が加わることは明らかであるから、本願発明においても、リード線が切断される危険性のあるような力を絶対に受けないわけではなく、また、このような力を受けないようにリード線は所定の余裕をもって接続されていなければならないものである。

(3)  引用例発明においては、多層基板と冷却板とは締付けネジにより一定の距離を保って固定されているので、原告が主張するように多層基板と冷却板とが接近する方向に動くことはない。仮に何らかの原因で動くことがあるとしても、両者の間には弾性を有する樹脂が介在するので、集積回路の回路面が多層基板表面に直接接することはなく、その可動範囲は極めて限られている。

また、ボンディングされたリードが集積回路の若干の移動に耐えられるように余裕をもつようにされ(甲第5号証2頁左下欄5~7行)ており、製造時に締付けネジを締め付けたとき押し下げられる集積回路のリードは、この押し下げに対し、十分な余裕をもって実装されているため切断されない(同2頁右下欄2~12行)ものであることからみて、仮に、多層基板と冷却板とが何らかの原因で接近する方向に動く場合があったとしても、リードには切断しないだけの余裕が当然あるものと解される。

(4)  要するに、本願発明においては、リード線が集積回路素子の押圧に関与せず電気的接続にのみ使用されることにより、集積回路素子とプリント配線基板との間の距離変動があらかじめ定められた範囲にある限り、損傷を生じることがないよう、できるだけ力を受けないように形成されていればよく、これを「リード線(7)は何等の力も受けないように形成され」と表現しているものであって、原告主張のように、リード線は切断の危険性のあるような引張り力を何ら受けないように形成されることを意味するものと限定的に解することはできない。したがって、本願発明と引用例発明との間に、この点に関して作用効果の差異はない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(一致点の誤認)について

(1)  原告が本願発明と引用例発明との相違点として主張するリード線による集積回路素子とプリント配線基板との接続について、本願発明の要旨には、「剛体のプリント配線基板上に配置されこれにリード線を介して接続された多数の集積回路素子」と規定されているのみであり、プリント配線基板と集積回路素子がリード線を介して接続されていること以上に、リード線と剛体のプリント配線基板との接続構造あるいはその接続の仕方までを限定して規定していないことは明らかである。

したがって、本願発明において、リード線をプリント配線基板に接続するために用いられるボンディングパッドに相当するものが、原告主張のようにプリント配線基板表面から突出していない形状、構造のものに特定されているものとは認められないし、その他リード線のプリント配線基板への接続構造及び接続の仕方について特段の限定があると解することはできない。

(2)  一方、引用例には、審決認定のとおり、「多層基板と、この多層基板と電気的に接続されるように形成されたボンディングパッドと、前記多層基板の側に上面を有するようにリード端子を前記ボンディングパッドに固定して取り付けられる集積回路と、前記多層基板と前記集積回路との間に介在して緩衝する樹脂と、前記集積回路の底面に取り付けられた金属板と、この金属板から伝導される熱を放出する放熱板とから構成されたことを特徴とする高密度パッケージ」(審決書3頁12行~4頁1行)の発明が記載されていることは、当事者間に争いがない。

この引用例発明の「多層基板と、この多層基板と電気的に接続されるように形成されたボンディングパッドと、前記多層基板の側に上面を有するようにリード端子を前記ボンディングパッドに固定して取り付けられる集積回路」の構成が、本願発明の「剛体のプリント配線基板上に配置されこれにリード線を介して接続された多数の集積回路素子」の構成を備えるものであることは明らかであって、両者の間に、原告主張のような構成上の差異を認めることはできない。

原告は、本願発明では、剛体のプリント配線基板は、ボンディングパッドに相当する小面積の金属薄膜状のものとリード線を介して多数の集積回路素子に接続されている旨主張するが、本願発明の要旨には、このような限定がないことは前示のとおりであり、また、原告が、引用例発明のボンディングパッドの具体的構造として主張するところは、引用例(甲第5号証)をみれば、その実施例にすぎず、引用例には、この実施例に限定されない上記審決認定の構成が記載されていることは原告も認めているのであるから、原告の主張は、およそ採用できない。

原告の取消事由1の主張は、理由がない。

2  取消事由2(作用効果の差異の看過)について

(1)  本願明細書(甲第4号証)には、弾性充填片を設けない公知の装置について、「この公知の装置は、組立の際に瞬間的に冷却板に非均一に分布した押圧力がかかることがあり、これはリード線に取り返しのつかない損傷を生じるおそれがある」(同号証2欄24行~3欄3行)として、その欠点を指摘し、本願発明が解決しようとする課題について、「従つて本発明は、冒頭に述べた形式の集積回路の冷却装置を、集積回路素子のリード線に損傷が生じないように改良することを目的としている。」(同3欄5~7行)と述べ、実施例(第2図)について、「集積回路素子1と剛体のプリント配線基板2との間に弾性充填片5が挿入されている。この弾性充填片5はゴムから成るのが有利であり、集積回路素子1のリード線7は何等の力も受けないように形成されている。この弾性充填片5の作用によつて、剛体のプリント配線基板2に平面状に作用する力は個々の各集積回路素子1に分配され、従つて各集積回路素子は確実に共通の冷却板3に押付けられる。」(同4欄9~17行)と説明していることが認められる。

これらの説明によれば、本願発明は、弾性充填片を設けない公知の装置の欠点を改良するために、集積回路素子と剛体のプリント配線基板との間に弾性充填片を挿入し、これにより、集積回路素子が確実に冷却板に押し付けられるようにし、リード線に損傷が生じるような力が加わらないようにすることを目的とするものであることは明らかであり、したがって、「リード線(7)は何等の力も受けないように形成され」とは、たとえ剛体の配線基板に平面状に作用する力が非均一に加わり、これにより、集積回路素子と剛体のプリント配線基板との位置関係に変動が生ずるようなことがあっても、リード線自体には損傷が生じるような力が加わらないように、所定の余裕をもたせてリード線を接続しておくなどの手段をとって、リード線を形成することを意味するものと解される。

審決が、本願の「特許請求の範囲の第1項の記載中『リード線(7)は何等の力も受けないように形成され』とは、リード線(7)は損傷を生じることがないよう、できるだけ力を受けないように形成されることを意味する」(審決書3頁4~8行)と述べたのは、この趣旨であると理解することができ、したがって、この点を論難する原告の主張は採用できない。

(2)  原告は、引用例発明におけるリードは切断の危険性のあるような引っ張り力を絶対に受けないようには形成されていないと主張するが、原告がこのようにいう引用例発明とは、引用例の発明の詳細な説明の項に記載され、図面に示されている実施例をいうのであり、審決の認定した前示引用例発明そのものの構成に即したものでないことは、その主張自体から明らかであり、この点において既に失当である。

また、この実施例を基礎に考察しても、引用例(甲第5号証)には、リードに加わる力について、実施例に即し、「第5図に示すように前記リードがボンディングパッド8にボンディングされる。このボンディングは、ボンディングされたリードが集積回路10の若干の移動に耐えられるように余裕をもつようなされる。」(同号証2頁左下欄3~7行)と記載され、さらに、「全ての導板13に放熱板14が接触し熱が伝導されるように締付ネジ16に締め付けられる必要がある。この締付けの際、集積回路自体の厚さ、導板の厚さ、実装工程等においてバラツキがあるため、導板の実装位置にバラツキを生ずる。従って、実装位置の高い導板13を有する集積回路10は押し下げられるが、この位置の変動は、シリコン9および接着剤12の弾性により吸収される。さらに、リードはこの押し下げに対し、十分な余裕をもって実装されているため切断されない。このようにして第8図に示すような高密度パッケージが形成される。」(同2頁右下欄2~14行)と記載されているから、引用例発明も、リードの切断の危険性を認識した上で、切断の危険がないよう余裕をもたせてリードを実装しているものであり、結局、引用例発明のリードも、本願発明のリード線と同様に、リードが損傷を生じることがないよう、できるだけ力を受けないように形成されているもの、すなわち、本願発明の「リード線は何等の力も受けないように形成され」との構成を備えているものと認められる。

(3)  したがって、本願発明は、リード線が切断の危険性のある力を受けることがない点で、引用例発明とは作用効果の差異があるとの原告の主張は、採用することができない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

平成3年審判第16457号

審決

ドイツ連邦共和国 ベルリン及ミユンヘン(番地なし)

請求人 シーメンス、アクチエンゲゼルシヤフト

東京都文京区大塚4-16-12

代理人弁理士 富村潔

昭和58年特許願第111765号「集積回路素子の冷却装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和63年11月4日出願公告、特公昭63-55867)について、次のとおり審決する.

結論

本件審判の請求は、成り立たない.

理由

本願は、昭和58年6月21日(優先権主張1982年9月9日、ドイツ連邦共和国)の出願であって、その発明の要旨は、出願公告された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の第1項に記載された次のとおりのものである。

「剛体のプリント配線基板上に配置されこれにリード線を介して接続された多数の集積回路素子を、これらすべての集積回路素子の背面を共通の冷却板に接触させて冷却する装置において、前記リード線(7)は何等の力も受けないように形成され、共通の冷却板(3)への個々の集積回路素子(1)の押付けは、前記剛体のプリント配線基板(2)と前記集積回路素子(1)との間にそれぞれ挿入された弾性充填片(5)を介して行われることを特徴とする集積回路素子の冷却装置。」

なお、本願明細書及び図面の記載によると、特に第2図から明らかなように、集積回路素子(1)と弾性充填片(5)とは、冷却板(3)とプリント配線基板(2)とで押圧されるので、両端が集積回路素子(1)とプリント配線基板(2)に固定されているリード線(7)も必然的に押圧力を受けることになり、このリード線(7)が何等の力も受けないということはなく、前記特許請求の範囲の第1項の記載中「リード線(7)は何等の力も受けないように形成され」とは、リード線(7)は損傷を生じることがないよう、できるだけ力を受けないように形成されることを意味するものと解される。

一方、原査定の拒絶の理由となった特許異議の決定の理由に引用された、本願の優先権主張日前国内において頒布された特開昭54-126474号公報(以下、引用例という。)には、「多層基板と、この多層基板と電気的に接続されるように形成されたボンディングバッドと、前記多層基板の側に上面を有するようにリード端子を前記ボンディングバッドに固定して取り付けられる集積回路と、前記多層基板と前記集積回路との間に介在して緩衝する樹脂と、前記集積回路の底面に取り付けられた金属板と、この金属板から伝導される熱を放出する放熱板とから構成されたことを特徴とする高密度バッケージ」について記載されており、その具体例を示す図面には、前記集積回路はその複数個が多層基板上に配置され、前記放熱板はこれら複数個の集積回路の背面側にあって、これらの集積回路に対して共通の放熱板となっていること及び、この共通の放熱板への個々の集積回路の押付けは、前記多層基板と前記集積回路との間に介在して緩衝する樹脂を介して行われることが示されている。さらに、この引用例には、リードに関して、「ボンディングは、ボンディングされたリードが集積回路10の若干の移動に耐えられるように余裕をもつようなされ」(第2頁左下欄第5~7行)、「リードはこの(集積回路)の押し下げに対し、十分な余裕をもって実装されているため切断されない」(第2頁右下欄第7~12行)ことも記載されている。

そこで、本願発明と引用例に記載された発明とを対比すると、引用例における「多層基板」、「リード」、「集積回路」、「放熱板」及び「多層基板と集積回路との間に介在して緩衝する樹脂」は、それぞれ本願発明における「剛体のプリント配線基板」、「リード線」、「集積回路素子」、「冷却板」及び「剛体のプリント配線基板と集積回路素子との間に挿入された弾性充填片」に相当し、しかも両発明はいずれも集積回路素子を冷却する装置に関するものであることは明らかであるから、両発明は、剛体のプリント配線基板上に配置されこれにリード線を介して接続された多数の集積回路素子を、これらすべての集積回路素子の背面を共通の冷却板に接触させて冷却する装置において、共通の冷却板への個々の集積回路素子の押付けは、前記剛体のプリント配線基板と前記集積回路素子との間にそれぞれ挿入された弾性充填片を介して行われる点で一致する。

そして、引用例には、リード線に関して、「ボンディングは、ボンディングされたリードが集積回路10の若干の移動に耐えられるように余裕をもつようなされ」、「リードはこの(集積回路)の押し下げに対し、十分な余裕をもって実装きれているため切断されない」ことも記載されていることは前述したとおりであり、この記載は、リード線ができるだけ力を受けることがないようにして、損傷が生じないようにしていることを意味していることにほかならないから、前記リード線は損傷を生じることがないよう、できるだけ力を受けないように形成されるという点でも、両発明は一致する。

したがって、本願発明は、前記引用例に記載された発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成4年2月27日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人 被請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

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